2007年07月26日

-夏休みの想い出 その2-

 大学の夏休みは九月の半ばくらいまであるので、大学四年の最後の夏休み、九月に入ってから研究室の友人たちと蓼科に旅行したのが一番の思い出です。友人たちの中に別荘!を持っている人がいて、その別荘を借りることになったのです。
 こちらから車で別荘まで行ったのですが、そうした経験が全て初めてでした。高速道路を走っている時に見える外の風景すら、何だか感動的でして(笑)。都会の現実から離れ、田舎の非現実的な世界に行ってくるような、そんな感覚でした。
 自然の綺麗な別荘地の中に、その一軒がありまして、そこで三泊四日くらいしたんじゃないかなって思います。温泉に行ったり、湖にいったり、ゴルフの打ちっぱなしをしたり、ドライブしたり。どこの山か忘れましたが、高地の方に行きまして、酸欠で気分が悪くなったのを覚えています。当時私は太っていたからでしょうね。
 色んな思い出を詰め込んで帰るときがとても残念でした。その友人たちのうち、今年の春に二人とは久々にあったのですが、別荘を貸してくれた友人とだけ会えませんでした。ここ数年、連絡が取れなくなっていたのですが、色々とあって今は具合が悪いとのことでとても心配になりました。早く元気になって欲しいです。

 社会人になって、当時新潟の大学に行っていた高校時代の友人の下宿先に、他の高校時代の友人たちと一緒に行きました。ポンコツの軽自動車に、山のように荷物を詰め込んで、いつエンジンが止まってもおかしくないような状態で高速をぶっ飛ばして行きました。
 そこもまた自然が綺麗でしたし、海も綺麗でした。遠くで上げられている綺麗な花火も見えたり、渓谷を見に行ったり、おいしい料理を食べに行ったり。夏だと言うのに既に秋のような涼しさで、とても快適でした。
 傑作だったのは大学構内にあるお風呂に、みんなで入りに行ったことです。どうやら一人暮らしの学生用に解放しているようなのですが、大学のお風呂に入ったのは今のところ、それが最初で最後です。銭湯くらいの広さで、他に入浴者もいなかったので貸切状態で入っていました。
 帰りは夜を徹して高速を飛ばして帰ってきたのですが、途中にあるサービスエリアやパーキングエリアで、私は何となくスタンプラリーをやっていました。台紙がありまして、三つスタンプを押して応募すると、抽選で何かがもらえると行ったものです。今も放送されている『忍たま』のキャラクターが台紙に印刷されていました。
 取り敢えず三つたまったので投票箱みたいなのに入れてきたのか、後から郵送したのか覚えていませんが、しばらくしてカメラが届きました。すっかり忘れていましたが、当たってしまいました。『忍たま』のキャラがプリントされた、もちろんおもちゃのようなカメラですが、フィルムを入れればちゃんと写りそうです。今も未使用のまま保存してあります。

 夏休みは色んなことが起こる時期ですね。三十を過ぎてしまうと、何だかそういったワクワク感が薄れてしまうのですが、短い夏休みでも大切に過ごしたいと思います。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 22:01| Comment(0) | -さまざまな記憶帳-

2007年07月26日

-夏休みの想い出 その1-

 すっかり夏休みに入りましたね。私の夏休みはお盆時期の16,17と23、24で予定しています。残念ながらどこかに行くような予定は無く、多分、しばらく行けていなかった渋谷の本屋やHMV、タワレコ辺りで済ませてしまうんじゃないかなって思います。
 昔は一泊二日の強行日程で旅行とか行ったのですけれど、最近はその元気が薄れました(笑)。初めて行った一人旅は二十四歳の時、奈良〜大阪を回ってきました。結構、ドキドキしましたね。今では当たり前に予約を取って、新幹線を予約してって出来ますけれど、当時は何だか間違えそうで。大阪のホテルに泊まったのですが、自分の予約が入っていてホッとしたのを覚えています。

 若い頃の夏休み、何をしていたのかなとか思い返してみると、何でしょうね(笑)。 もう記憶が随分と薄れてきてしまいました。高校時代は学校が別れてしまった友人たちと会うことが出来たので、とても貴重でしたね。みんなでゲームをしたり、神保町まで羽根を伸ばして、本屋を回ったり。その頃から本屋ばっかり回っていました。
 高校二年生の夏休みに、初めて予備校の夏期講習に行きました。高校の友人と受けたのですが、場所は河合塾の千駄ヶ谷校舎だったと思います。授業は英語と数学の代数だったと思いますけれど、学校との差にショックを受けましたね(笑)。高校時代はそんなに成績は良くなかったのですけれど、それを実感した講習会でした。数学の問題など、何これ?っていうものばかりでした(笑)。教科書のどこを見ても、そんな類題なんてないですし。英語も何だか知らない単語がたくさんありました。その時、浪人するんじゃないか!?って焦りを感じていましたよ(幸い、現役で合格したけれど)。
 楽しかったのは講習後、友人と新宿や渋谷の本屋やCDショップをぶらつくことでした。中々普段はそうしたところに行く機会が無いので、随分と寄り道したと思います。その頃の渋谷のタワレコはまだ、ハンズの斜め前にあったはずです。

 大学に入ると、二年生の時に郵便配達のアルバイトをしました。それは二年生の冬、三年生の冬と続くアルバイトだったのですが、これもまた偶然が重なった感じなのです。他の友人二人に誘われて、取り敢えず郵便局に申し込みにいったのですが、既に遅かったような状態でした。ところが数日後、辞めてしまったバイトがいたため、急遽郵便局から連絡が入りました。他の二人は断ったようですが、私はせっかくですので行いました。
 ギアのないごつい自転車で、カゴいっぱいに押し込まれた郵便物を配達するのですが、その時は記録的な猛暑でして、これがまたとても大変でした。腕など火傷のようにどす黒く焼けてしまいましたし。途中の公園にある水道でいつも水分を取っていたのですけれど、あるときそれが止められまして(笑)。これにはへこみましたね(笑)。
 それでもここでの仕事は楽しかったです。色んな郵便局の方々と話す機会がありました。とても楽しい雰囲気でして、ある意味、少なくともどんな雰囲気の仕事場で働きたいかという方向性はここで決まりましたね。それこそ、郵便局に就職も良いなと思いましたし。とても良い経験でした。
 雨が振ったときはカッパを来ながらサウナのような思いをして配ったのが、一番覚えています。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 22:00| Comment(0) | -さまざまな記憶帳-

2007年07月23日

-バトンに挑戦!!-

 光栄なことにご指名されてしまいましたので、自己紹介バトン、挑戦させていただきます!(笑)

01:まずはお名前を
>篩’Jim_a_e’獅師です。漢字の部分は『ふるい・しし』と読みます。最初、『師』を使う漢字を探して見つかったのが『鰤(ブリ)』、『獅(し)』、『師(し)』の三文字。苗字は『鰤(ブリ)』だ〜!?(いや、ブリに罪は無いんだけれど)ってことで、この文字は没。しばらくして『篩』の文字を知り、これだ!って決めました。

02:HNの由来は?
>実は思いっきり、本名が絡んでいるし……(笑)。ただ余計な文字が二つと、足りない文字が一つあるけれど。その足りない一つも形を変えて、ブログのどっかに掲載されているし(笑)。並べかえると本当に本名になります。

03:本名言っちゃってください
>ヒントを挙げましたので、考えてください(笑)。

04:誕生日・学年・年齢・性別を!
>1974年5月16日。思いっきり昭和、しかも40年代!? もちろん♂。
 ここの読者って、平成生まれが多そうだなって思います(笑)。

05:身長・体重
>173cm、65kg。プラマイ1kg。これでも太りやすいので気をつけています。

06:最近好きなテレビ番組やドラマは?
>テレビってあんまり見ないんですけれど、『笑点』は相変わらず好きですね〜。言葉の流れとかを執筆の参考にしています。

07:好きな芸能人は?
>特にいません。

08:好きなアーティストは?
>仲井戸’CHABO’麗市
 土屋公平
(若い子たちは、きっと知らないだろうなあ……。土屋さんはKinki Kidsの番組のバンドでギターを弾いていますけれどね)

 THE WHO
 BEATLES
 ROLLING STONES
 KINKS
(四つのバンドともタイプが違いますが、それぞれの作品は勉強になります)

 国府田マリ子
 林原めぐみ
(思いっきり声優さんですけどね。ただ役柄は殆ど知りません。二人の歌声と詞が好きなのです)

 他にもたくさん聴きますが、この辺りというのは私の作品に、特に影響を与えた方々です。音楽の系統が全く違いますけれどね。

09:好きな動物
>特にないけれど、犬には好かれやすいみたい。

10:あ、家族構成を。
>父、母、兄。ついでに言えば、兄嫁さんと甥っ子も一人います。兄ファミリーは一緒に住んでいないけれど。

11:最近の自慢は?
>そろばん検定の合格。実はかなり高段位ですよ〜。

12:最近の好きな食べ物は?
>プチあんぱん。お昼に良く食べています。薄皮で、殆どあんこ状態だけど。

13:最近嬉しかったことは?
>う〜ん、何だろ? やっぱ、検定試験の合格かなあ。

14:最近悲しかったことなどあれば
>住民税の請求金額。十二万ぐらい請求された!

15:最近思ったこと
>眠い!

16:最近ばっかですね
>今年の流行語になりそうですね。

17:携帯の機種は?
>五年ぐらい前に買ったPHS機器。殆ど電話をかけることが無いため、電池も殆ど消耗していません。通話とメールさえ出来れば、後は全く興味ないんです。

18:自分の長所は?
>しぶといって言うか、諦めが悪いって言うか(笑)。だから散々落ちまくった末に、合格できたのかなって。あ、そろばんのことです。

19:じゃあ短所は?
>マイペースかな。特に仕事なんて。自己中心的にやらないと、好き勝手なことを押し付けてくる業界ですので。自分の身は自分で守るのが鉄則です。建築業界の掟なり。

20:好きな季節は?
>秋かな〜。涼しいし、静かだし、もうじき冬に向けての穏やかな日差しとか、落ち葉とか、色々と心に染み込んでくるのが多いのです。でも、どの季節もそれなりに好きですよ。

21:唐突ですが好きな異性のタイプは?
>う〜ん、何だろ?(笑) 言わなきゃ駄目?(笑) 少しだけ言うなら、人に対しての優しさと思いやりを忘れない人。

22:好きな友達の性格は?
>同じ世界(この地球って意味じゃないよ)の人かなあ。例えば同じ趣味とか、同じ価値観とか、考え方とかね。

23:お疲れ様。では、次に回す人を5人ほど
 とにかくこのブログは思ったよりも色〜んな人が見ているみたいです。
 ですので、そうした人たちの中で、興味を持った人みんな!
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 21:41| Comment(3) | -さまざまな記憶帳-

2007年02月24日

-大人たちへ、子供たちへ-

 珍しく堅苦しくて、難しい話をします。

 今日、たまたま出かけた先の待合所で、置いてあった難しそうな経済雑誌っぽいものをパラパラと見ていたのですが、そこに子供の教育についての特集記事が載っていました。そう言えば最近、子供一人にかける教育費が非常に多額であると、そんな新聞記事を読んだばかりです。
 今の子供たちも大変ですね。きっと、サラリーマンよりも大変です。でも、これってゆとり教育を補填する形で学習塾に通わされているのでしょうか? 公立よりも私立に行き、より良い環境での教育を親御さんも求めるようになったようですから、そうした意味が強いのでしょうね。
 親としてはそれは当たり前のことかも知れません。誰だって、自分の子供は優秀であって欲しいと願うでしょうし、きっと私だって(でも、作ったこと無いですよ)同じことを思うでしょう。
 
 昨年の春に珠算塾に復帰して、もう一年が過ぎようとしています。ちびっ子たちの中には学習塾を含めて、たくさんの習い事をしている子供ばかりです。そろばんだけって子供はかえって珍しいかも知れませんね。
 まあ、こうしたことはそのご家庭の教育方針でもありますし、随分とお金があるんだなあなどと、ノンキに感じてます。
 だけどそういうのって、子供の『教育している』ってことじゃなくて、子供の『教育してもらっている』ってこと、ちゃんと認識しているのかなあって。お金を出してはいますが、教えてくれているのはその行った先々の先生ですからね。ですから、『教育してもらっている』なのです。
 手持ちのカードはたくさんあるようですね。うちの子供はあれも出来ます、これも出来ますって感じで。他の子供たちとは違いますと言った様子で。出来るというよりも何だか『かじっています』っていう子の方が、少なくとも今のそろばん塾を見ていて多いように思いました。
 カードはたくさん持っていても、切り札になるようなものってあるかなって、馬鹿にしたような言い方ですけれど、そう感じてしまいます。
 そういった子供たちをこの一年間、ずっと見続けてきたのですが、何だか子供のための教育というよりも、親が持つエゴ(自尊心)のためのように私には見えてしまいました。

 そうした教育は、教育のプロに任せておけば確かなのでしょう。私もそう思います。
 親御さんも家庭の中では、子供の学習をバックアップしたり、しつけをしたり(出来ていない家庭が多い!)、そうしたことを行っているのでしょうけれど、それはごくごく親として当たり前のことなはずです。
 そういうことではなくて、子供の親として、子供に対して何をしなくちゃいけないのか。そう考えたとき、何でも良いから子供に対して、自らの身をもって何かを示してあげるべきなのではと思います。それはこの一年間、ちびっ子たちと接することで、大人として感じるようになりました。
 子供というのは純粋です。でも、例え正しい説明であったとしても、大人たちの理屈では納得してくれないこともあります。大人たちを認めてくれないときもあります。
 ですが、身を持って何かを示してあげれば、子供たちは納得してくれます。実際に子供たちがその姿を目にし、直接的に感じることが出来るからそうなるのでしょう。
 現役復帰したとき、いきなりちびっ子たちの中に放り込まれ、ものすごく戸惑いました。どうしたらこの子たちに認めてもらえるのだろうかと。いきなり自分たちのお父さんとあまり変わらない大人が、自分たちの中にズカズカと入り込んでくるわけですから。子供たちからしてみれば、結構、大きな問題ですよね。
 そうなったら理屈抜きで、自分の実力を見せるしかありませんでした。そうすることで、言葉ではありませんが、どうしてこの人がここにいるのかと、感覚的にわかってもらえました。
 以後、自分の練習の傍ら、お手本を見せたり、アドバイスを送ったりしています。身を持って何かを示せるのは、自分にはこれしかありません。ですから、どんなに落ち続けても昇段を諦めなかったり、また新たに暗算検定などへの挑戦も見せています。時にはちびっ子たちの前で、先生にしごかれたりします(この年で……)。
 でも、そうした姿を見て、子供たちが何かを感じ取ってくれれば、それで良いと思っています。だからやれるんです。
 自分の子供たちではありませんけれど、大人として、子供たちに何かを示してやれるようでなければいけないのだと、最近は強く感じるようになりました。

 何でも良いじゃないですか。自分が出来ることを子供たちに示してあげれば。それが大人ってものじゃないかなって、私は思います。
 世の中、ひどい大人たちばかりですよね。もちろん、自分が模範的な大人だなんて思っていませんし、私だって子供に見せられない部分はありますよ。きっと、誰だってそうですよ。大人なら。
 でもですね、大人なら子供たちに格好良いところ、何でも良いから見せてあげなくちゃ。
 教育熱心なら尚更ですよ。
 
 このブログは十代の若い人たちもたくさん見ているみたいですね。そうした人たちにも言いたいのは、何かを示してくれる大人を見つけて、その人から出来るだけ学び取りなさいということです。
 誰でもいいし、何でもいいです。学校では教えてくれない、大切なことをです。
 それが今しか出来ないことの一つであると思います。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 21:22| Comment(0) | -さまざまな記憶帳-

2007年01月01日

-今年の抱負-

 あけましておめでとうございます。
 ついに2007年となりまして、本日より心身ともに新たなスタートを切ることとなりました。
 昨年も色々とありましたが、今年もまた、色々とあるべき年にしなくちゃならないと気持を引き締めています。
 さてさて、今年の目標とか、抱負とか、せっかくですからここに記してみたいなと思います。
 それが今年の年末になって、どれくらい達成できているのか、年末ネタを自分で提供する意味も込めてざっくばらんに書いてみようかと思います。

 何よりも良縁!
 いや、実は年末にあれこれと家族で話しあわれまして……(笑)。
 今年は本腰を入れて(やっとかいっ!)探したいと思います。
 去年一年間で、どういう方向性が良いのかがハッキリとわかりましたし、ようやく仕事に対して絶対的な自信を持てるようになりましたから、そう考えると去年は本当の意味で気持ちを整える準備期間だったのだと位置づけています。

 次は自己啓発的な向上!
 仕事関係でもう少し技術的な知識を身につけなければと思い、一旦捨てた電気工学を復習する意味を持って、今年から電験3種にまたチャレンジしようと考えています。
 もちろん難しい試験ですし、電気工学を最初から復習するようなレベルですから、すぐに達成できることは無いでしょう。
 ですが、チャレンジします。
 そして珠算関係ですが、まずはもちろん昇段です。
 すぐに昇段できると甘く考えていた昨年の自分を戒め、決意を新たに試験に臨みたいと思います。
 また、新たにチャレンジを始めました暗算検定の方は、あと二つほど段位を上げられるように考えています。
 更にこの先に見えているのは県大会です。
 これは教室自体が出場しないと決めたらそれまでですが、それを目標に十四年ぶりの出場と結果を出したいと思っています。
 そのためには少なくとも珠算の昇段が絶対条件だと考えています。

 仕事上の目標は、とにかく更に仕事の幅を広げられるようにすること。
 昨年は飛躍的に仕事の幅が広がりましたが、今年は更にそれを広げたいです。
 昨年末から担当していますCAD教育を、新人だけではなく社員まで幅を広げ、支社内のCAD責任者を任されるくらいになりたいです。
 他にはなるべく技術的な講習会に参加し、知識を広げておきたいです。

 対人関係といいましょうか、今年も多くの人と出会い、再会したいです。
 私は元来、対人関係が苦手でして、あまり社交的な方ではありません。
 今まで社交的になりすぎると、どこかで流れがおかしくなって、結局残念な終わり方をすることが多かったのです。
 ですが、特に昨年一年間は多くの人たちと出会い、また再会を果たすことが出来ました。
 不思議と、それが楽しく感じたり、嬉しく感じることが出来、それによって心身にエネルギーを頂いたように思います。
 昨年一年間を通じて楽しく過ごせたことは、きっとそうした人たちのお陰なんじゃ無いかなって思います。
 ですから、今年も出会いと再会。
 それがテーマです。

 お馴染みの執筆関係です。
 昨年までと同様にKOTOBA系、唄系を書き進めていきたいと思いますが、唄系は昨年やや勢いが衰えてしまったので、それを回復させたいです。
 あとは最初に抱いた夢であります、物語の創作です。
 少しずつプロットみたいなものを書き始め、ようやく色んなことが固まり、また柔軟に変更などが出来るようになりました。
 これはすぐに載せられるものではありませんけれど、秋くらいには載せていければと思っています。

 まあ、取り敢えず、思いついたことはズラズラと書き連ねてみました。
 今年は何が起こるのかわかりません。
 それだけに希望を持って、大逆転を信じて、一年を過ごしていこうと思っています。
 読者の皆様、どうか今年もよろしくお願いいたします。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 11:06| Comment(4) | -さまざまな記憶帳-

2006年12月31日

-今年を振り返る-

 今年もあと、残すところこの大晦日だけとなりました。
 久しぶりにですね、日記ではなく雑記として、こちらに書いてみようかなと思います。
 一年を振り返ってみますと、正直、色んなことがありましたね〜。
 一言で言えば、色んな意味で大きな変化のあった一年でして、きっとこの先、十年、二十年と過ぎたときに振り返ってみると、ここが一つのポイントになっているような気さえいたします。

 何よりも一番大きなものは、出会いと再会に恵まれたということです。
 三月以降は支社での仕事が増え、事実上、半分以上は転勤状態になっていますけれど、当然のことながら新しい人たちと、たくさん出会うことが出来ました。
 同じ社内でありながら私は派遣社員ですし、今まで営業所に限定しての勤務でしたから殆ど面識が無かったのです。
 また、仕事の幅も広がりましたから、これは新しい仕事との出会いでもあります。
 今後の展望がようやく拓けてきた気がしています。
 ちょうど仕事面で悩んでいる頃にこのお話がありましたから、不思議な縁を感じました。
 更に最近では大学の後輩との出会い。
 それは単に卒業大学が一緒と言うだけではなく、学科まで同じ(厳密に言えば、私の卒業後に一度、大規模な組織改革がされましたので、その後継的な学科の卒業生)と言うことで、お世話になった先生たちなど共通部分も多く、非常に嬉しく思いました。
 再会と言えば、最も大きかったのは珠算界そのものとの再会ですね。
 十一年前に引退してから殆ど、練習することなどありませんでした。
 それだけに、指のサビ落としは非常に困難を極めましたけれど、でもようやく何とかなりました。
 先生方との再会もありましたし、そう言えば今の子供たちや新しい先生たちとの出会いもありましたっけ。
 珠算に関しては日記ブログの方で幾度と無くネタを披露していますから、詳細はそちらの方を読んでください。
 二年ぶりに再会した野球関係の友人たち、二年ぶり、及び七年ぶりくらいに再会した中学校時代の友人たち。
 幾つかの音楽アーティストとの再会(再び聴き始めたり、久々のリリースがあったり)や、本やマンガや昔見ていたアニメなどとの再会。
 どれも自分に新しい活力を与えてくれました。

 結局、一年を通して恋愛はそれなりに楽しみましたが、実ることはありませんでした。
 残念である一方、お陰で進む路線がわかったと言うのは大きいことだったと思います。
 ですからきっと意味のあることだったのでしょう。
 恐らく、お眼鏡にかなう相手と言うものはものすごく限定されてしまうと思います。
 自分の人生を相手に『賭ける』訳ですから、それ相応の覚悟は必要となるのでしょう。
 ですがその代わり、全てを承知してくれた人にもし出会えたとしたら、その人は間違いなく自分自身を信じてくれる人なんだろうなと思います。
 私は大きなマイナス面(非正社員ですから、特に経済的な面ですね)を背負っていますけれど、逆にそれは本当に大切な人を見つけ出すためのフィルタ的な役割にもなります。
 そう考えると、逆に展開次第では大きなプラス面に転じるんだなと思いました。
 実は既にそれに向けて動き出しています。
 考えがまとまると、案外、自分はすぐに行動を移すタイプですから。
 そこに到達するまで、時間が掛かりすぎるのですけれどね。
 
 今年は社会に出て十年目でした。
 振り返ればこの間、紆余曲折でうねるような道筋だったように思います。
 今の図面の仕事に対して絶対的な自信が持てるようになったのは、実は今年のことです。
 それまでは自分の仕事でありつつも、自信がないというよりも、この程度のことなら誰だって出来るから、特に威張ることでもないというような感じがありました。
 今年はこれまでのCADの仕事に加え、CADを絡めた幅広い仕事を任されるようになり、仕事場所も技術関係を扱う課となりまして、より内容の濃い仕事を任されるようになりました。
 それをずっと続けてきたのですけれど、それをこなすことが出来るようになり、自惚れではありませんが今までの自分とは明らかに違うと確信を持ちました。
 そうしたことがありまして、実は今回の年賀状で初めて、大学時代の友人たちに本当は転職していたことを知らせました。
 やはり一緒に社会に飛び出した人たちですから、どこか気持ちの遅れを感じていたのです。
 それが今年無くなり、自信を持ったことで明かすことを決めました。
 どのような反応が返ってくるか楽しみです。

 あと半日足らずで今年も終わります。
 さて、来年はどんな年になるでしょうか。
 また新たな出会いと再会に、『出会い』たいものだと思います。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 10:55| Comment(0) | -さまざまな記憶帳-

2006年11月04日

-GET BACK-

 ここ1、2年の自分のことなのですけれど、一言で言えば過去の自分に戻っているなと感じています。三十歳を過ぎて、これからますます大人としての役割が重要になるこの時期に、マンガやらアニメやら、ファンタジー系のライトノベルやら、そうした物ばかりにまた興味を持つようになりました。
 社会に出て十年近くになりますが、大学生の後半くらいから徐々にこうしたものから興味を失い、二十五歳くらいでそうしたものに殆ど触れることは無くなっていました。せいぜい、昔から集め続けているマンガを継続して集めたり、また大人が読んでもおかしくないマンガ(別にエロマンガじゃないですよ)などを読む程度でした。
 昔から集めていた雑誌なども、十数年と続けていたため、惰性でしばらくは買い続けていましたけれど、それすらもある時期を境にして買わなくなりました。ある意味、大人になって社会に出て、こうしたものからも卒業してしまったんだな〜とかそのときは感じていたと思います。
 
 去年の始め辺りから徐々に昔のファンタジー小説を読み直し始め、ちょうど一年くらい前から頓挫した状態の小説やマンガを、古本屋を回って揃えてゆきました。本当に急に、発作的にまた読みたい!って思うようになったのです。その気になったら私は一気に行くタイプでして、最初の半年でマンガ、小説をあわせて50冊くらい買ったと思います。まだ読み終わっていませんけれど。
 その少し前からまた、CSでアニメを頻繁に見るようになりまして、今年に入ってからはそれが加速度的に伸びていっています。数年前のものよりも、ちょうど学生時代の前半にはまったアニメとか、その頃に話題になっていたけれど見ていなかったアニメとか、そんなものをチェックしています。正直言えば子供っぽくなったというか、良い年した大人が何で突然とか、そんなふうに我ながら感じました。
 最近では徐々にですが、今、若い人たちに人気のある作家さんたちの作品も読むようになったり、最近のアニメなども見るようになりました。そうしたことで、新しい感性を取り入れようとしているのでしょうね。

 さてここで冷静になって分析してみますと、一つの結論に達しました。それは『ストレスからの逃避行動』なのだと思います。
 学校を卒業し、大人の社会に入りますと、嫌なことなどそれこそ、嫌と言うほどあります。ムカツク!ことなんて当たり前ですし、貧乏くじを引かされたり、誰かの代わりに怒られたり、理不尽なことばかりです。さすがに最近はここまで酷くは無いですけれど、それでも私だって嫌なことは数え切れないくらいたくさんあります。以前の会社では出世競争やら、資格取得やら、追い詰められることばかりでした。
 自分に取って、それらは全てマイナスな要素です。以前は我慢をしていましたけれど、そうしたものに対して補償するものを自然と求めるようになったのでしょう。すなわち、大人的な要素に対して、それを打ち消す子供的な要素を。
 それがマンガであり、アニメであり、ファンタジー系のライトノベルであったりと、昔楽しんでいたものに行き着いたのだと思います。特に剣と魔法のファンタジーなんて、現実とはかけ離れた世界ですから、正にうってつけです。
 良く大の大人がおもちゃを集めたり、端から見れば子供っぽいものに興味を抱いていたりしますけれど、実際、自分が感じたものもこれと同じなんだろうなって思いました。
 全てはマイナス要素を補償するためのプラス要素なのでしょう。

 さて、今年の三月からそろばん塾に復帰しまして、月に何回か顔を出して練習をしています。これもまた、先に述べたことと同じようなものだと思います。
 今年の始め頃、様々なことで悩んでいました。仕事のことや特にそれに絡んだ将来的なことなどです。この先、どうなるのだろうという不安が重なり、自分自身、この道を選んだことが間違いだったんじゃないかと、自信も失っていました。
 そんな精神状態だったその頃、久しぶりに訪れたそろばん塾で色々な話を聞いているうちに、また挑戦したくなりました。これは自分の人生の中で、最も自信を持っている技術です。
 きっと、自分自身の中に揺ぎ無い骨太の柱となるべきものが、その時には欲しかったのでしょう。これもまた、一種の補償を求める行動なんだろうと思います。
 子供たちに混じって試験会場で検定試験を受け、まだ結果(六段が欲しいのです)は出せていませんけれど、少なくとも自分の取得段位と同じ五段に再び達したことは、それだけで大きな自信を取り戻したように感じました。
 一つそうした柱が出来ますと、不思議とそれまで不安だったものが消え、様々な物事に対して、それが例え難しいことであっても前向きに考えることが出来るようになりました。自信を持って取り組むことが出来るんです。不思議なものです。
 そうなってくると、物事と言いますか、運命と言いますか、良い方向に自然と転がっていってくれるんですね。
 確かに今は、以前に比べれば非常に仕事は忙しいです。役割も増えましたし、社員のような扱いも徐々に増えました(これでお金が上がってくれればねえ……)。ですけれど、かつて無いほどに楽しく、自信を持って仕事に取り組むことが出来ています。
 気持ちが変わるだけで、こんなにも変わるんですね。
 昔は習い事として行っていたことですけれど、今になって、それが自分に取って本当の財産になっていたんだなとようやく気付くことが出来ました。

 こうしたことを考えると、大人になった今だからこそ、過去に自分が積み上げたものが、自分にとって大きな存在になり、再び自分に関わっているのだと思います。それは別におかしなことではありませんし、むしろ自然な行動なのかも知れません。
 大人だって、子供なんです。それを最近、強く感じるようになりました。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 14:15| Comment(1) | -さまざまな記憶帳-

2006年04月29日

-GWの想い出-

 今日からGWですね。このGWと言う名称の由来は、昔、映画業界がつけたそうですよ。この連休を利用して映画を見てもらうような、そんな意図があったのでしょう。いつの間にかGWは名称として定着してしまいました。
 因みにですね、NHKはGWと言う言葉を一切、使っていません、大型連休って言っています。よ〜く、ニュースを聴いてみてください。それはこの言葉を使うと、映画業界の『宣伝』になってしまうからだそうですね。何だか、今の時代に馬鹿げた発想だなって思います。ここまで名称と定着しているんだから、これはもう、宣伝と言うものを越えているんじゃないのかな〜。
 さてこうしたGW、休みが多くなってしまいますので、私のような派遣社員は収入が減ってしまいますので、余り歓迎されないのですけれどね。昔、働いていた時代は正社員でしたので、辛い現場から解放されると、本当に嬉しく思いました。GWが終わると、とてもユウウツになったりして。
 電気設備工事関係はこの時期、改修工事やら停電工事やら、検査やら、そうしたものが目白押しになります。会社に誰もいなくなるので、今じゃ〜!って一気に仕事をするのです。私も昔、借り出されかけたこともあります。
 もう6年も前になりますが、この頃、会社のほうに退社の相談をしていました。会社側はこのGW期間中、配置転換の希望先を考えてきなさいと言いました。今だから言えますけれど、実際、殆ど考えませんでしたね。入社してから殆ど、現場に出ていたため、その会社にどんな部署や、どんな内容の仕事をやっているのか、良くわからなかったんです。おかしな話ですけれどね。それに、3年働いたけれど、また同じ会社で0からスタートって言うのも、何だかやる気が起きない気もありました。
 何よりも、GW前に相談を受けてくれたトップクラスの人の一言が、結局、辞める決心の方を固めてしまったってのもありますね。『配置転換しても、これからはみんなそういう目でキミを見るからな』と。そういう目というのは、使えない社員とか、弱音を吐いた社員とか、工事の仕事が嫌になって逃げてきたとか、そういうレッテルを貼って見るってことだと理解しました。
 まあ、最近ではそんな想い出が強く残っていて、それ以外、何をやっていたとかっていう記憶はあまりありません。GWがやってくるたびに、あれから何年が過ぎたな〜とか、思っています。
 今年のGWは何が起こるでしょうかね? 面白いことがあって欲しいです。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 15:39| Comment(1) | -さまざまな記憶帳-

2006年04月11日

-友を想う-

 最近良く、友達のことを思い出します。それは今も頻繁に顔を合わせる友達のことではなくて、離れ離れになってしまったり、何年も会っていない友達のことを、ふと、思い出したりするんです。
 年賀状のやりとりとかはありますよ。でも、それぞれがそれぞれ、忙しい年齢にもなってきましたので、都合をつけて会おうということも、中々思うようにはいかなくなりましたね。
 感傷的になるわけではないんですけれど、今、あいつはどうしているんだろう?とか、次々に思ったりしているんです。
 まあ、そんなことを思うようになったってことは、少し、年齢を重ねましたかな。
 今、一番、会いたいな〜と思うのが、珠算塾で一緒だった友達たちです。友達であり、仲間であり、ライバルであり……。
 それでいて、いつも動物園のように騒がしかったですね。賑やかすぎたんですよ。
 彼らのお陰で自分は力を伸ばすことが出来ました。彼らに引っ張られ、また、後ろから押されて、今の段位まで辿り着くことが出来ました。きっと、彼らがいなければ、自分は大した結果は残せなかったことでしょうね。
 その後の話などで、今、どんな仕事についているなどを聴きますと、随分とあれから時間が過ぎたんだなと思ってしまいます。優秀だった人間は、そのまま優秀な人間になっていたり。意外な職業についていて、ビックリしたり。
 今、また塾に通って練習をしていますが、新たな挑戦をしたい一方で、彼らが遊びに来るのを待っている気持ちの自分も、そこにはいます。私はきっと、寂しがりやなんでしょうね。
 みんな三十歳前後になりました。どうせなら、大人になった顔を見せ合って、昔の頃のように、騒がしく、お互いのその後なんてのを話してみたいものです。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 20:59| Comment(4) | -さまざまな記憶帳-

2006年04月09日

-歪み-

 人間と言うのは、誰もがみんな、心の中に歪んだ部分を持っているんじゃなかろうかと思います。
 それは私だってそうですし、これを読んでいる方々だって、失礼ながら歪みを持っていると思います。
 歪みがあるのは人間である証拠でしょうし、きっとそれは人間らしい一面なのでしょう。
 ですけど、その歪みを表に出しちゃいけませんよね。
 色んな事件が起こっていますけれど、それはみんな、心の歪みが具現化してしまったものではないかと思います。
 思うに、生きることはこの心の歪みとの葛藤でもあるのではないかなと。
 心の歪みに耐え、抑えつけることで、人は人として成り立ち、生きていける。
 心の歪みに負けてしまった者は、そこで大きな過ちを犯してしまい、悪いときになりますと、人生を台無しにしています。
 そうでなくても、ちょっとした歪みを表に出すことは、その人にとってやがて悪い気の流れとなって降りかかってきます。
 それがまた、この世界の理なんだなって思います。
 そして、自分に向けられた誰かの歪みの気に、自分も乗ってはいけません。
 ムカツク!って思うこともありますし、そりゃ、私だってそんなこと、しょっちゅう思いますよ。
 仕事をしていれば、そんな人間、たくさん会いますからね。
 でも、それに自分も巻き込まれて、歪んでしまってはいけないなって思います。
 結局、歪んだ気を向けた人間は、形が変わってもその人自身に降りかかるわけですし、逆にそれに耐えた方にはその分何か良い形の気が流れ込んできます。
 こうやってバランスを保って、常に0の均衡状態になっているんでしょうねえ。
 そう考えるようになってから、不思議とそういう歪んだ気を向けられた後には、何か小さな良いことが増えるようになりました。
 気の持ちよう次第かも知れませんけれどね。
 でも、そう考えて自分の心を歪ませないように出来るのならば、それは悪いことではないと思います。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 11:19| Comment(2) | -さまざまな記憶帳-

2006年04月01日

-この二ヶ月間の不思議な流れ-

 四月になりましたね。一年の四分の一が終わりまして、年度が今日から変わります。土曜日ですが入社式などもきっと、行われているでしょうね。進級された方も多いことでしょう。四月もまた新たなスタートの時期でもあります。
 さて。最近の二ヶ月間は、随分と自分の生活が良い方向に変わりました。何だかとても不思議です。
 仕事が無くて、腐りそうになっていた営業所から、突如として支社への半転勤。営業所と掛け持ちで仕事をしていますが、忙しい一方、派遣社員ですから、それらは全てお金に換わってくれます。
 実はですね、2月ごろは仕事のことで悩んでいました。主に収入面ですね。今の会社が支払う単価は、相場から言って100円くらい低いんです。他にもたくさん、この系統の仕事はあります。
 単価があがる気配もありませんし、社会の方は物価の上昇やら、定率減税の縮小など出費の方がかさむばかりです。
 仕事があれば残業代とか稼げて何とかなるんですけれど、それもないため17時には帰らなくてはなりません。一日中ヒマという日が、ここ一年半の半分くらいは占めていました。ゲームしたり、何か書いたりしていましたけれど、さすがに飽きます。
 私の年齢と比べて、今の手取りではかなり低すぎるんですよね。手取りから更に住民税を納めなくちゃいけないし。交通費も自腹切ったり。
 だから随分と節約したり、保険をやめたりと対策をとってきましたが、それももはや、削るものがなくなってしまいました。
 でも、もう〜嫌じゃ〜!と心が発狂し、悩んだ末に後半年やって何も変わらなければ、他に行こうと決心しました。
 そのまさに翌日、支社への話が出たのです。不思議ですね。現在は掛け持ちということで、完全な転勤ではありませんが、残業代も稼げますし、何よりも支社までの交通費も出ます。それだけでも違います。
 確かに仕事は急に忙しくなりましたけれど、何だか久しぶりに仕事をしているな〜って今は思っています。
 私服から背広に変わり、背広を新調したり、ネクタイを買ったり。急にサラリーマンっぽくなってしまいました。
 ようやく支社の方の空気にもなれ、そうこうしているうちに、何故か私が一時的に若い社員の面倒を見るようになっているし。私は派遣社員だってのに。
 何だか不思議な流れがあるようですね。これから先はどうなるかわかりませんけれど、今は今、与えられている仕事を頑張っていけば、そのうち何かがわかってくるかなって思います。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 16:40| Comment(2) | -さまざまな記憶帳-

2006年03月13日

-1000記事目にあたって-

 いつも私のブログを読んでいただけて、本当に感謝しております。さて、この記事を持ちまして、1000記事となりました。およそ1年2ヶ月を費やしての達成です。思いのほか早く達成することが出来ました。
 最近では250人から300人ちょっとの訪問者数が続いています。今年の初めに立てた目標である250人達成を、すでに何度もクリアしています。本当にありがとうございます。
 さて、この1000記事目でありますが、せっかくですのでこのブログについて最近抱いた疑問の考察をしてみたいと思います。
 今、自分の中には一つの概念が存在しています。うまく言葉では説明できませんが、それはここ数年で急に抱くようになった概念です。
 それは恐らく、幼い頃から二十代まで、様々な経験を積み重ね、その中で出来上がった一種の宗教的な要素が、自分の中に姿を現したのではないかなと思います。もっと強く断言してしまえば、それこそが自分自身が作り出した、自分のための宗教なのでしょうね。
 尚、先に述べておきますが、私は特定の宗教を信仰しているわけでもなく、また、今後もそうするつもりは一切ありません。理解はしますが、興味はありません。
 この一年ほどの間に発表した記事を改めて考察してみますと、そうした自分が抱く概念がところどころ見え隠れしているなと思いました。逆に言えば、ここ数年で飛躍的に作品数が増えましたが、それはこうした概念が姿を現したからこそ、書けるようになったのかも知れません。
 私が記す詩や言葉の中に、自分の想いや心、願いや夢、感情や考えなど、様々な事象が盛り込まれています。恋心なんて、思いっきり出てましたからね。KOTOBA MEMOシリーズですと、特にそれが顕著に表れているなと思いました。これは読者に対してのメッセージである一方、何よりも自分に対してのメッセージでもあるのです。
 こんなふうに考えていきますと、言うなればこの『ひとつなるもの』とは、自分が抱いている概念に対して、一種の信仰の形を表しているのではないかなと、ふと、急に感じました。
 だからと言って、これを自分が考えた宗教だ!なんて主張する気もありませんし、そうした押し付けをするつもりなんてもちろんありません。あくまでも、自分をこの世に存在させてゆくための自分自身が抱く概念と、それに対しての心構えというところです。
 さて、これが1000記事目の内容ですが、それに相応しい記事であったかは私もわかりません。取り敢えず、このままのペースで行けば、1500記事は今年中に達成されることでしょう。そこでまた、何か変わったことでも書いてみたいと思います。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 19:44| Comment(0) | -さまざまな記憶帳-

2006年03月11日

-適正診断-

 こんばんは。
 おかん殿のブログを見ていたら、このHPの宣伝がありましたので、私も試してみました。そこで色々と診断結果を見て、私もコメントしたいと思います。

>あなたがご回答なさった際に強く顕れた一面は・・・
『考える』 気質です。

私:考えるってゆーか、考え込むタイプですね。


>良い精神状態の時
 分析的・粘り強い・賢明・客観的・洞察力がある

私:分析するのは好き。粘り強い方ですね。賢明かどうか
  はわからないけど。客観的になった方ですね。洞察力
  ってゆーか、顔色とか、声のトーンとかは観察しますね。

>悪い精神状態の時
 意固地・よそよそしい・あら探し好き・内気・消極的

私:意固地ですね。よそよそしいかは不明。あら探しもあまり
  興味なし。内気は元々(ホントですよ)。消極的はあたり。

>性格
 コツコツと調べるのが好きな研究者タイプ。
 鋭い洞察力と深い理解力がある。
 富や地位に執着せず、人生の意義深さもよく理解している。

私:何かにはまったときは、調査は惜しまない。一日、それで
  休日を潰しても後悔しないし。
  洞察力や理解力は不明だけど、バカじゃないと思いますよ。
  富は欲しいけど、地位は興味なし。だってめんどいし。
  人生の意義深さというか、一応、考え方は持っています。

>注意
 物事を頭の中でのみ考え、行動力がない。
 人と協調することが苦手で、他人に対して挑発的、敵対的にな
 ることもある。

私:反論できないかもしんない。

>仕事
 優れた分析能力を発揮する仕事、科学や技術研究者、
 単独で仕事をする自営業などに向いています。

私:研究者は嫌い。大学からの推薦はそっち方面があったけど。
  単独で仕事をするのは正解。今のCADがそうだし。
  自営ってわけじゃないけれど、正社員じゃないから、似ているかな?
  今は個人契約を目指しているから、やっぱそうかも知れません。

 結構、面白かったですね。こういうのは大好きです。
 
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 20:20| Comment(2) | -さまざまな記憶帳-

2006年03月10日

-悩める派遣社員-

 この一ヶ月ほど、かなり悩んでいます。あれやこれやと知恵を絞って、現在の状況を打開しようと、かなり必死です。
 その悩みは二つ。
 一つは『賃金』です。要するに、『金』です。今年は不発ばかりだった、オリンピックの『金』メダルではありませんよ。
 自分の年齢から考えると、月収はかなり低いです。それに毎月の変動も激しすぎますね。数万円、違うんですよ。これは痛い……。
 最近、営業さんに次の契約では賃上げを何が何でもと、激しくプッシュしたばかりです。でも、どうだかなあ……。
 二つ目はもちろん、『出会い』です。要するに、今のところの『嫁さん候補』です。
 親からも相当、言われています。でも、しょうがないじゃん。こればかりは派遣会社に派遣してもらうことは出来ないし。
 今の会社でもう五年も働いていますし、今後も使ってくれる(使ってくれそうだけど)のだったら、今後は個人契約(正社員じゃない)をさせて貰えないかなと、今度、そう伝えようと思っています。そうすれば収入は上がりますし、多分、交通費も支給されるでしょう。
 何よりも、今の経済状態じゃ嫁さんなんて来ないですよ。本音はそこなんですけどね。
 取り敢えず、次の半年でそのような交渉をしてもらって、駄目なら私も撤退するしかないなと考えています。
 それに何よりも、ここにいてもまず『出会い』は無いし。やっぱり本音はそこですかな?
 そんな矢先の今日。
『支社の手伝いに来てくれないか?』
 唐突に、支社の方からそう話がありました。
 支社の方は以前から図面の仕事がパンクしており、時々、こちらでも手伝っていました。もう直接、本人を呼んだほうが良いということなんでしょうね。
 もちろん。
『良いですよ〜』
 迷わずOKしました。かなり速攻です。決断まで三秒とかかりませんでした。
 ホントは契約外の話が出たとき、まず営業に話を通さないといけないのですが、そんなことは当然のごとくシカトです。
 だって、『出会い』の可能性がすっごくあるし。まず頭に浮かんだのがそれです。
 というわけで、仕事よりもそれを最優先として私は了承しました。もちろん、そんなことは言えないけど。既成事実を作ってしまえば、こっちのものです。
 ただし交通費だけはどうにかしてくれないとという条件をつけました。じゃないと、これは苦しいですし。
 しばらくは現在の営業所と掛け持ちってことで、仕事をするようですけれど、良い『出会い』に恵まれれば、もう、戻るつもりはありません(笑)。突き進むのみです。
 ちょうど十年前、この会社から私は不採用通知を受け取りました。お前はわが社に入る資格などな〜い!(ってことかどうかはわからないけど)と。まあ、ペーパーテストは白紙に近かったし、面接の口頭試験はボロボロだったけど。
 それがまあ、めぐりめぐって、こうなるとは。運命は不思議なものですね。
 現場→営業所→支社。仕事場が段々と格上げされています。
 今、着々とリベンジをしているみたいです。目指すは本社かな?
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 20:28| Comment(2) | -さまざまな記憶帳-

2006年03月04日

-卒業シーズン-

 卒業シーズンですね。私にはもう、縁の無いことですけれど。卒業式の日のことは……、実はあまり覚えていないのです。ただ、嬉しかったのは、卒業式が終われば少し長い春休みだということ。遊んだ記憶ばかりありますね。
 中学校や高校はそろそろ、その時期でしょうか。大学や短大、専門学校はもう少し先かも知れませんね。今の勤務地にも大学が幾つかあるので、この時期になりますと、駅では良くそんな学生たちを見かけます。
 小学校の卒業式では、授与が始まっても証書がそこに無いという、とんでもないハプニングがありました。どうやら校長室の金庫に入れたまま、持ってくるのを忘れたようです。私は一組で出席番号がかなり前であったため、授与が始まると同時に立ち上がる生徒の一人でした。ですが、立ち上がって待っても、いっこうに始まる様子がありません。壇上の様子が何かおかしいぞ?って思いました。結局、みんなもう一度席に戻され、証書を取りに戻ってからやりなおしされました。
 中学時代は覚えていません。ただ卒業後、数日経って、何人かの友人たちと共に再び学校に行きました。教室の壁塗りの手伝いです。二年生の時にお世話になった先生のクラスで、三年生時代の担任に、お前はどこのクラスだ?と言われたことを覚えています。クラスのテレビをつけて、お菓子を食べながら、みんなでペンキ塗りをしていました。後になってみれば、その先生に会ったのはその日が最後となってしまいました。執筆活動の本格的再開の切っ掛けとなった、亡くなった先生なのです。
 高校時代は各クラスごとに、何だか卒業式らしくない演出をしたな〜って。どんな卒業式にするか、自分たちでセッティングする高校でした。クラッカー鳴らしたり、何か騒いだり、一発ギャグをかましたり……。私は嫌でしたけれど、まあ、最後だからどうでもいいやって。つまらない高校でしたので、やっと解放されたなって、一番、そう感じた卒業式でした。
 大学になると人数が多いため、総代が取りに行きます。私は下で見ているだけでした。各クラスに戻ってから、担当教授から授与されていきます。そう言えばクラス代表として、答辞をやりましたね。内容は覚えていません。一応これでも、全学部の学生表彰者名簿の中に、私は名前を連ねたんですよ。今となっては安っぽい図面屋になりましたけれどね。この落ち方がすごいです。その時貰った賞状は、今も部屋に筒ごと転がっています(笑)。貰った記念品の時計(大理石だから重い……)はやっと、数年前から使い始めました。教授たちから見れば、その分野のエキスパートになって欲しかったのでしょうけれど、私はあっさり図面屋へ転身。私の姿を見たら、何ということやら。
 せめて一度くらい、制服の第二ボタンを貰ってくれる人がいて欲しかったなと。今もそんな風習?ってあるのでしょうか? 何にせよ、このブログを読んでいる方の中にも、卒業される方がいると思います。そうした人たちに、卒業、おめでとうございます。新たな門出を心から喜び申し上げ、それぞれの進むべき道でまた、素晴らしい出会いや経験に恵まれますよう、心からお祈り申し上げます。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 12:29| Comment(2) | -さまざまな記憶帳-

2006年02月19日

-原点回帰へ-

 昨日のことですが、再びお世話になった珠算塾の方へ挨拶にいってきました。三月より、再び上の段位を目指して『現役復帰』する旨を伝えました。もちろん、平日は働いていますので、教室が開いている第一、第三土曜日のみになりますが。
 現役を離れていたのが十一年(この間は間違えて十年と言っていたけれど)です。気が付けばそんなに時間が経過していたのですね。その頃とは全くメンバーも世代も変わってしまいました。
 当時は色々な理由や事情で引退しました。それを今更、細かく書くつもりはありませんけれど、自分の役目やするべきことが終わり、そのときはそれで区切りにするつもりでした。以後、封印したようにこの手のことは殆ど隠していました。
 今回、再開しようと思ったのは、気持ちのどこかに諦め切れなかった部分があったのでしょうね。もちろんその根底には、今でも珠算が好きだという気持ちがありますけど。
 それに今の生活の中において、もっと真剣さや緊張感を持てるものが欲しかったという理由もあります。大人になって、働きに出てから十年近くが過ぎましたが、色んなことが当たり前にこなせるようになり、逆に退屈になっていたのです。
 今の試験制度は易しくなりましたが、昇段出来るかどうかはわかりません。また、機会があれば出てみたいのですが、県大会に出て極度の緊張感の中での真剣勝負をまた味わいたい気持ちもあります。そうしたことに乾いていたんでしょうね。言うなれば刺激です。
 昨日は先日話せなかったことなども色々と話しました。先に書いたとおりに試験制度の大幅改変。本部(うちは支部)の先生が亡くなられたこと。仲間たちのその後や思い出話。かつて出場していた大会の吸収合併や消滅など。
 そういえば、今は小学校に連盟の方から珠算の授業に出張しているようです。今も小学校の授業で珠算があるんですね。教育委員会と連携しての珠算教育ですか。新しい試みが始まっていました。ですが、悪く言えば珠算を教えられる教師がいないんです。それはわかります。私らはそんな簡単なことをやっているわけじゃありませんから。
 他にも色々とありましたが、十一年という年月は時間以上に大きな変化をもたらしていたようです。うらしま太郎になった気分でした。
 それでも嬉しいことは以前よりも習う子供たちが増えていることです。親がどんな理由で習わせているのかは、あえて気にしません。どんな理由であれ、そこから本人が好きになっていけばそれでいいのですから。昨日もたまたま、四月から新一年生になる親子が二組訪れて来ました。嬉しいですね。長く続けて欲しいです。
 まずは五月に検定試験があります。まずは目の前の六段を目指すことになりますが、とにかく、今の子供たちの手本になれればと思っています。年齢的にももう、教える立場になるので、自分で子供たちに手本を見せると言っても自慢にはならないでしょう。
 と言うわけで、現役復帰。原点回帰の気持ちで挑戦していきたいと思います。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 19:25| Comment(2) | -さまざまな記憶帳-

2006年02月13日

-極めごと-

 先日、お世話になった珠算塾へ顔を出したとき、珠算の思い出話以外にも、今の塾生(大半が小学生ですけれど)の話も聞きました。幸いにも珠算を習ってくれる子供たちが、今も多いようです。それは嬉しいことですね。
 ですが、私の時代と大きく違うんですね。今の子供たちは習い事の掛け持ちが当たり前のようです。私など、珠算だけでした。
 経済的に豊かなのか、それとも、『将来』のためにやっておく『エリート』教育の一環なのか。そういう意図があったとしたら、珠算を甘く見ているなと、ちょっと残念な気持ちも抱きますけれど。
 まあ、色々と出来ることがあるのは悪いことではありません。私なんてある意味、珠算だけは飛びぬけましたけれど、あとは何も技術がありませんからね。羨ましい限りです。
 でも、そこで思ったこと。
 あれも出来ます、これも出来ます。
 または、あれもやっています(した)、これもやっています(した)。
 なら、いったい、その中のどれをあなたは極めたのですか? または、極めようとしているのですか? って思いました。
 何も達人になりなさいという意味ではありません。自分の出来る限りの範囲において、限界まで行き着こうとしているのか?と言いたいのです。
 何かの技術を習得すること。その気持ちはとても大切なことです。ですが、どの分野であったとしても、その道は険しいものだと思います。
 それを何か一つでもいい。この大切な成長期に自分なりに極めること、または極めようとするその気持ちを持って、臨んで欲しいと感じました。
 それは必ず、大人になって大きな自信と財産になってくれます。
 例え、たくさんの経験があったとしても、それが全て程ほどに出来る程度であれば、逆に何をやらせても程ほどであれば良い、という考え方になりかねません。何だか一つのことだけ百点を取るよりも、幅広い分野で六十点(一応、大学の単位の基準点なので)を取れれば良い。そんな人間にはなって欲しくないなって思いました。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 20:22| Comment(5) | -さまざまな記憶帳-

2006年02月05日

-久々の指さばき-

 昨日の話を受けまして、早速、練習をしてみました。本格的な練習は本当に久しぶりですね。それまでは時々、指ならし程度でした。
 実際に弾いてみて、はっきり言えば指が錆び付いている感覚がありました。すっかり油も切れて、動くたびに軋み音を出すようで。ホントに衰えていました。
 それでも一時間程度練習を続けたら、少しずつ感覚が戻ってきましたが、全盛時代にはまだまだ程遠いものでした。何よりも、頭の反応と指の反応の関係がうまく成り立っていません。これはどういうことなのかご説明申し上げます。
 珠算というものは、言うなれば信号の伝達です。問題の数字をまず目で見て、それを脳で認識します。次に、計算しながら指をどう動かすのか、指先への信号を伝達します。指はそれに反応して珠を弾いてゆきます。大雑把ですが、こんな流れが猛烈なスピードで繰り返されているのです。
 ところが今、実際にやってみまして、信号は伝達されるのですが、指先がそれについていかない状態でした。まだ弾き終わっていないのに、次の伝達信号が送られていき、渋滞してしまうような状態でした。そうすると混乱してしまいますので、計算速度を必然的に落としてやらなければなりません。
 まあ、まずは計算速度を落として、徐々に速度を上げてゆき、感覚を戻していくしかないのでしょう。十一年の歳月は簡単には埋まりません。やはり、現役復帰しようと思う以上は、出来るだけ引退前の形に近づけてから戻りたいですね。みっともない姿は見せられません。
 そしてやる以上は、子供たちの手本となるところを見せなければなりませんしね。昨日はその辺りの話も少しされました。残念ながら、今の塾内には手本として見せられるレベルの者がいないのだと……。これは自分の実力を誇示する意味ではありませんよ。
 簡単に段位が取得できることは、逆に子供たちの自信につながり、とても良いことです。その一方で、それを実力だと勘違いして、増長する可能性も否定できないのです。
 この世界(だけじゃないはず)では手本となる人たちの姿を見て、実力の差を痛感させられる必要があります。これはとても大切なことなんです。
 それにまた、自分自身も下から伸びてくるのを見て、追いつかれてはたまらないと、頑張ろうと思うかも知れませんし。こうした相乗効果が、お互いの実力を伸ばすのです。
 気が付けば昨日も今日も珠算ネタでしたが、こんなに長くなるとは……。しばらくはこの手のネタが増えるかも知れませんので、興味の無い方は飛ばしてください(笑)。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 20:30| Comment(0) | -さまざまな記憶帳-

2006年02月04日

-珠算教室-

 今日、子供時代から大学時代まで通っていた珠算教室に、久々に顔を出しました。以前から顔を出そう出そうと思っていたのですが、そのまま何年も過ぎてしまいました。年賀状のやりとりはありましたが、最後に顔を出したのは新入社員の頃。随分と経ってしまいました。
 以前、コメント欄にも少し書いたのですが、私は全珠連五段まで取得して、そこで引退。それがちょうど十年前の三月でした。時間的、技術的な限界を感じ、やることをやったからという気持ちがあったからです。それ以降は時々、家で練習する程度でした。
 そんなこんなで、久々に訪問しました。看板も刷新されていましたが、教室の中は殆ど昔のまま。昔の写真もそのまま飾ってありました。
 先生方も非常に元気で、急に自分が生徒に戻ってしまいました。
 現役時代はいなかったワンコが3匹、いきなりのお出迎え。ってゆーか、ものすごいなつかれているし……。私は犬は好きです。飼ってはいませんけれど。何故か異常に好かれるときが昔からあります。ネコからは良く嫌われます。
 積もる話というのはこういうことでしょう。色々な話しをすることが出来ました。
 私が引退後の珠算界の変遷は激しいもので、随分と時代が変わったことを実感しました。
 まず、問題。現在の段位の問題を見せていただきましたが……、何でこんなに易しくなっちゃったの??というくらい、レベルが落ちていて驚きました。話しによれば、今の子供たちには、私らが当時やっていたレベルは難しすぎるということで、そうした大改革が行われたようです。つまり、私の五段は旧検定五段と言うことになるようですね。でも、珠算競技者だった私としては、とても寂しく思います。
 何よりも嬉しかったのは、『戦友』たちが元気にしていることですね。私や彼らは競技者でもありましたので、良く、色々な大会に出ていました。同世代の人たちで、彼らのお陰で随分と私は良い思いをさせていただきました。彼らの方が私よりも実力が遙かに上ですが、彼らがいたからこそ、そこまでやれたんだと思います。どんな道に進んだか、今、どうしているかなども聞くことが出来ました。時々、顔を出している者もいるので、機会があれば久しぶりに会ってみたいです。
 十五年以上も昔、彼らと共に起こした奇跡。県大会での団体総合優勝です。それはこの塾の長い歴史の中で、唯一の優勝タイトルです。その話題も出ましたし、やはり、先生は今でも嬉しいそうです。そのときの賞状も写真(若かりし日の私も)も、タテもみんなまだ飾られていました。今、客観的に見ると、随分すごいことだったんだなあって思います。当時は新聞にも載ったんですよ。この日のことが、今でも一番の思い出です。時代の流れなのか、その大会は別大会に統合されて消滅したとのこと。残念な限りです。
 他にも色々な話をして、時間を過ごしました。その中で、今の段位にもう一度挑戦してみないかと、誘われました。半分、話の流れの中でのことかも知れませんが、その言葉に、かつての競技者としての心が揺れました。
 確かに、今の段位は簡単ですが、それとは別に、週末の時間をもてあましていることも確かです。何もしないで過ごすよりも、再び、自分を磨いてみることも大切なことかも知れません。ちょうどブランクは十年。新検定でどの程度の実力までいくのか。試したい気持ちはあります。この挑戦というのは、考える価値がありそうです。久々に訪問した珠算塾でしたが、何だか、意外な収穫があったかも知れません。
 土曜日は隔週で開いているそうなので、次がある二週間後までに考えて、現役復帰を決めたら、挨拶にいこうかと思います。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 19:39| Comment(2) | -さまざまな記憶帳-

2006年01月21日

-R25-

 今、サラリーマンの間で流行っているフリー・ペーパーのR25。フリーながらその内容の濃さに、テレビで取り上げられたこともあります。
 毎週木曜日、大きな駅にて配布されている冊子ですが、瞬く間に消えてしまいます。
 そんなあるとき、通勤で使用している駅の片隅に、ひっそりと置かれていることを発見。灯台下暗しです。以来、何となく毎週手にするようになりました。
 その中には様々な有名人のインタビューが掲載され、彼らのR25などが語られていました。と言うわけで、ちょっと自分のことを思い出してみようかと思います。
 自分が二十五歳のとき。人生で一番、仕事が忙しかった時期です。恐らく、一生を終えたときに振り返ってみても、これに勝る忙しさは無いんじゃないかなって思います。
 その頃はまだ、以前の会社で働いており、建築現場が超繁忙状態になっていました。下っ端だった自分は、昼間は施工図を持って現場を駆け回り、職人さんに指示を出したり、材料搬入の指揮で大変だったり。現場でのトラブルも絶えませんでした。
 夜は真夜中まで図面作成(これが後にCADの仕事へ進む切っ掛けとなったけど)に追われていましたっけ。
 殆ど家に帰ることも出来ず、現場近くに会社で借りた部屋で寝泊りする日々。テレビも新聞も縁が無い生活でしたね。日曜日はグッタリと寝ていましたし。ですから、今でもこの頃の社会の出来事は欠落しています。夜、図面を書くときにラジオを聴いていたのが、唯一の楽しみでした。
 前年に既に10キロほど体重が減っていたのですが、その年も春から秋の半年で、同じく10キロほど、体重が減りました。二年で20キロとは……。
 健康診断も初めて引っ掛かり、肝機能での異常と、不整脈を発見。再検査になったのも人生で初めてでした。半年後の再検査では元通りになっていましたけれど。
 ただ、お金は入りましたよ。下っ端でしたから、あれこれと手当てがつくのです。それがちょっと嬉しかったですね。その代わり、忙しすぎて使う暇もありませんでしたけど。でも、この時に出来た蓄えが、後の失業時代の助けとなりました。
 それでも精神的に追い詰められていましたね。奴隷みたいな使われ方でしたし。資格取得とか、研修とかも追い討ちのように圧し掛かってきたり。
 秋頃の社内申告書に、退社の旨を書いて提出。もう、完全に気持ちが切れていました。
 その時は話し合いの末、残留。ちょうど同じ時期に別の現場に移動する話も出ていたので、そのまま次の現場へ移りました。ただ、それが終わったら辞めることは決めていましたけどね。会社を騙したようなものです(もう少しお金が欲しかっただけのこと)。
 もうじき二十六歳になろうかというときに退社を改めて申し出て、色々ありましたけれど、取り敢えず退社。その時は二十六歳になっていました。
 でも今から振り返れば、これほどまでに大きな転換期になった一年はありません。
 この時期を境にして、自分の生き方も、考え方も、価値観も、技術面も、精神面も、肉体面も大きく変化しました。
 ですから二十五歳以前と、それ以降の自分の人生がまるで別人のような感覚を持っているのです。記憶だけが共有されていて。もちろん、今の方が遥かに良いですね。
 もしかしたらあの時代は、自分の人生を大きく変えるための、与えられた試練だったのかも知れません。ちょっと大げさですぎますけどね。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 10:54| Comment(0) | -さまざまな記憶帳-

2006年01月18日

-大学入試-

 そう言えばそろそろ大学入試が始まる頃ですね。私もそんな時代がありました。
 高校時代の成績が、平均して確か十段階評価の六を少し超える程度。推薦なんて、狙える位置にはおりませんでした。
 それでも一応、センター試験を受けたのですが、見事に惨敗。多分、自分の平均点は五十点くらいだったと思います。
 この間、久々に母校の赤本を立ち読みしました。でも、まるでわかりません(笑)。もはや記憶の彼方に飛んでしまったようです。
 私の在籍した学科は卒業後に、解体・再編されてしまい、今は純粋な形では残っていません。その流れを継ぐ学科を覗いたのですが、感想は一言、倍率が低くなったな〜ってことですね。私の時代は殆ど不合格。現在は殆ど合格。随分と入りやすくなりました。
 だからと言って、もう一度受験生をやりたいとは思いません。受験勉強を始めたのは二年生の終わりくらいからでしたが、合格までの間、殆どそればかりに余暇は消えていったと思います。つまらない一年でしたね。
 予備校に通ったり、模擬試験を受けたり。でも、予備校の授業についていけなかったり、模擬試験も結果が出ないことばかりでしたので、逆に不安ばかりが募りましたねえ。
 両親の期待というのもありましたし。もちろん、こちらとしても恩返しの意味で、偏差値が高くて、名のある大学に進みたい気持ちはありましたけれど……。
 色々な気持ちが、複雑に揺れ動いた時期でしたね。精神的に苦痛でした。
 結局、母校となった大学を第一志望(当時の偏差値が五十ぐらいだったと思う)にして、後はランク(偏差値四十台前半くらいかなあ?)を下げました。浪人だけは避けたかったですしね。あまり知られていない大学でしたので、多分、両親はガッカリしたんじゃないかなあって思います。
 殆ど幸運(人生で唯一『奇跡』と思った出来事)も伴って、母校となった第一志望大学に合格。模擬試験ではいつも不合格判定だった大学です。
 一方で、運が尽きたのか第二、第三志望大学はことごとく不合格……。合格判定も結構、高かった大学だったんですけどね。
 まあ、人生、そんなものですよ。
 それからの四年間は、とにかく、何か形の残るものを両親に見せたいと思って、必死に勉強しましたね。多分、人生で一番頑張ったと思います。一つくらい、息子の成績で両親が自慢できるようにしたいと思ったんです。お陰さまで、卒業証書以外にも賞状を貰うことが出来、そこでやっとホッと出来ました。
 でも、卒業後はまた元に戻ってしまいましたね。教わったことも殆ど忘れました(笑)。
 大学側も、両親もその成績に伴った就職先に行って欲しかったみたいですけれど……。 就職して、退社して、一年遊んで、それから派遣社員。大学時代の成績には、まるで伴わない歩み方が、また、自分らしくて面白いなって思います。
 お陰様で今はのんびりと、のほほんと、適当に怠けながら(笑)、それでも楽しんで働いています。本来の私にはこれがちょうど良いのでしょう。ただ、もう少しお給料を上げて欲しいですけれどね。それが今の願いです。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 20:14| Comment(1) | -さまざまな記憶帳-

2006年01月15日

-渋谷に行ってきました-

 年末年始の大事な時に、ぶっ壊れてしまったHDDレコーダー。正月明け、直ぐに修理に出していたのですが、予定よりも早く修理が完了しました。これもまた、おみくじの大吉パワーなのかな?
 と言うわけで、嬉々として渋谷まで引き取りに行ってきました。
 まずはその前に、HMVへ寄り道。ただいま、Wポイント実施中! 次の土曜日は×3ポイント実施! 新年から景気良く、大盤振る舞い状態です。
 本日、探し求めていたのは英国の音楽雑誌MOJO。思いっきり、英語です。読めるんかい!って言われると、殆ど読めません。
 今月号の表紙は私の好きなベテラン・バンドTHE WHOの二人。最新インタビュー記事(殆ど読めないだろうけど)に、オマケとしてトリビュートCD付という、これは是非ともゲットしたい一品だったのです。
 でも、日本じゃ手に入りにくいだろうな〜って思って、ダメモトで雑誌・書籍コーナーを覗いてみると……。
 あった〜っ!! さすがはHMV!! 拍手喝采です!!
 PETE TOWNSHENDとROGER DALTRYの表紙! 還暦過ぎても格好良い!!
 と言うわけで、速攻で買って来ました。
 その後はタワレコもふらっと回りましたが、残念ながら何も無し。まあ、お金を使わなくて良かったんだけれどさ。
 それからHDDレコーダーを引き取りに行きました。故障箇所はやはりHDD。まるごと交換して、OSも再インストールし、無事に復活を遂げた模様です。
 心配かけやがって〜と、我が子を取り戻した気分になりました。
 それにしても、やっぱり重い。修理しても、重さは変わりません。
 大きなカバンに入れてどうにか持ち運び、店を出たのは十一時頃。既に人が溢れ始めていました。
 若者やら買い物客やらがバトルロイヤル的に入り混じっています。さすがは渋谷。恐るべし。
 もはやそんな中に飛び込む元気すら、最近の私にはありません。速攻でKOされてしまうことでしょう。
 こちらは逃げるように渋谷から退散し、家に戻りました。人ごみは大嫌いですので。
 家に帰ってからはHDDレコーダーのセッティングなどをしていました。スカパーとの接続、予備機との接続も無事に終了。これでまた、元通りの体制になりました。
 付録CDはどれもパンク風アレンジのカバー集。でも、結構お気に入りで、執筆中の良いBGMとなりそうです。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 19:10| Comment(3) | -さまざまな記憶帳-

2006年01月08日

-初詣その2 カレーミュージアム-

 昨日の続きです。
 初詣の後に関内まで歩きまして、伊勢崎モールにあるカレーミュージアムまで行きました。去年の初詣以来一年ぶりです。また来たのか?って言わないでくださいね。
 ミュージアムの入り口に待ち構えるは、いつも仲良し黄色とピンクのゾウさん!!
 見るたびに、今にも落っこちてきそうな場所に座っています!! 崖っぷちです!! ミュージアムも崖っぷちって噂を聞きました!!(噂で終わって欲しい)
 そんなミュージアムはビルの7、8階にあるため、直通エレベータで一気にGO!!
 カレーを食べる前に、まず、天にも昇る気分になれます!!(ちょっと違うか)
 最初にエレベータは8階に到着!! するとそこには案内役のお姉ちゃんが迎撃体勢を整えて、我らを待ち受けています。へい、かも〜ん!って感じ……でも無いけど。
 そのお姉ちゃんによる簡単な説明がありまして、その後は解散〜!! 
 うりゃ〜っと、お客さんは思い思いの店にそれぞれ突撃します!
 時々、返り討ちに合います(ウソ)。
 じゃあ〜食うべ〜と、私たちは7階の屋台コーナーに行きまして、それぞれ食べたいと思うものを注文……。何だ、頼んだのは去年と殆ど一緒かい。
 木多郎のチキンカレー。鶏肉が美味しい〜。煮込んであるのがいいですね。
 横浜フレンチカレーの店のフランスカレー。クリーミーな味って感じがしました。牛乳でも使っているのかな?
 皆喜多亭の肉玉カレーやきそば。これがMy Best!! カレーの辛さと麺の甘さが見事にマッチ! その上に乗った目玉焼きを潰して絡めると、更にGood!! オススメです!
 食った、食った〜と満足な笑みを浮かべて、堂々と退場。
 何だか金キラキンのカレー・オジサンの像に見送られてしまいました。
 帰り際にお土産コーナーによって、レトルトカレーをしこたま買い込みました。
 案内の姉ちゃんに乗せられて買ってしまったり。
 レジの姉ちゃんの可愛い笑顔に騙されて、更に買いそうになってしまったり。
 恐るべし、カレーミュージアム!! 言葉も笑顔も催眠術の一種か!?
 経営難の噂もあるので、MM21や中華街に負けずに頑張れよ〜〜!!!
 つぶれたら姉ちゃんたち、失業するんだぞ〜〜!!
 そう心の中で叫びつつ、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしました。
 店内がすごく空いていたから、本当に心配です。以前は超満員で食べるのにも大変なことだったのに……。
 とにかく、横浜に来たら是非、ここに遊びに行って下さい!
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 10:16| Comment(1) | -さまざまな記憶帳-

2006年01月07日

-初詣その1 おみくじ!-

 年が明けてようやく初詣に行ってきました。横浜は桜木町の某お社でございます。昨年から行き始めたのですが、昨年、一緒にお参りした誰もが良い結果を引いたという、その縁起の良さから今年もそこへレッツゴー!したわけであります。
 高校時代の友人たちと、桜木町駅で待ち合わせた後、今年もよろしく〜と軽く挨拶……するのをすっかり忘れていたのですが、MM21には見向きもせずに神社へ。年が明けて一週間が経っても、そこそこ参拝客が訪れていました。
 今年のお願いはもちろん……、アレです。言わなくてもわかりますよね? お賽銭100円ぽっちで高望みし過ぎかも知れませんけれど。でも、神様は差別しないですよね?
 そして、毎年恒例の運命のお・み・く・じ! これをやらなければ一年が始まりません。
 実は私は人生で何度も凶を引き当てた『凶運』の持ち主。しかし昨年、私は大吉を引き当てました! そのときが実は人生初めての大吉だったのです。
 200円のおみくじ代を払い、箱の中にランダムに詰め込まれたおみくじをざっと眺めます。その中の一つに、何故か『これだ!』と不思議と導かれるような気持ちになりまして、それを選びました。因みに、ちょっと高い理由は、おみくじの中には縁起物をかたどった超ミニチュア・フィギア?が入っておりまして、そのためでしょうね。去年は招き猫でした。宝くじは当たりませんでしたが、缶ビール6本入りを当てたり、気がつけば予想以上に貯金できていたので、福を呼んだようです。
 いっせ〜のせっ!で、開いたおみくじは……、何と、今年も大吉!!! こいつは新年から縁起が良すぎです!!
 そして、今年のミニチュア・フィギアは恵比寿様でした! 今年一年、どうかよろしくお願いいたします!!
 以下がおみくじの内容です。

『何事も繁昌して心のままになるけれど、心に油断があってはならない。ただいまより来年の事をよくよく考えてやりそこなわぬ様十分の注意をしておきなさい』
>ナヌ!? もう、来年のことっすか!? 確かに、細木センセの占いでは、来年は大殺界ですからね。らじゃー!!

『願望……思う通りになる。早くて吉』。
>ホントですか!? 信じちゃって良いんですね? 嘘は駄目ですよ!

『待人……おとづれ(訪れ?音連れ?原文のママ載せます)なく来る』。
>これは私の方から訪れることなく、やって来るってこと? ちょっとわからない。来て欲しいけど。

旅行……吉。盗難に注意せよ』
>吉なのに盗難ですか。今年はまた、大阪に遊びに行こうと思っているのに。

『商売……利益すくなし』
>商売はしないからいいや。

『学問……安心して勉学せよ』
勉強は好きじゃないんだけれどなあ……。資格取得でもまた目指すかな?

『相場……売れ。少しは利あり』
>それ以前に、売るものすらありません。

『争事……勝進むはあし』
>争いごとは今のところなし。あっても程よく勝つのが良いのでしょう。

恋愛……この人こそ幸福を与える』
>これは重要な一言ですよ! これも信じちゃって良いんですね?

『転居……いそがぬ方がよし』
>転居の予定はありません。お金もないし。

『出産……やすし』
>産みません。ってゆーか、産めません。私は産ませる側ですので。

『病気……軽し。なおる』
>掛からないのが良いんだけれどなあ。もう、胃腸炎はコリゴリです。

『縁談……女のさまたげでやぶれる事あり。人にたのむは悪し』
>これはお見合いのことでしょう。お見合いは予定が無いので。

 ということでありました。さてさて、今年の運命は如何に?
 お参りのあと、ちょっとお出かけしたので、そのネタは明日にでも。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 19:03| Comment(3) | -さまざまな記憶帳-

2006年01月06日

-精神年齢鑑定-

 精神年齢鑑定HPにいって、自分の精神鑑定を行ってみました。実は最初にやったときは精神年齢が三十歳だったのですが、保存に失敗してデータはおじゃん……。詳しい結果はわからなくなりました。
 仕方なく再チャレンジをしてみましたが、今度は精神年齢三十二歳となりました。
 以下が結果でした。多分、そんなに変わらないことでしょうね。

・鑑定結果
『あなたの精神年齢は32歳です』

>心を読まれてしまったようですな。

『あなたの精神はそろそろ『中年』になろうかというところです。あまり若々しさは感じ取れなくなりましたが、人生経験を積んで、一人前の大人になりました。もう『若者』ではありません』

>あんたに言われなくても、わかっているよ。コレステロール値、上がってるしさ。でもこの年齢にして、私はマタワリするとちゃんとオデコがつく身体の柔らかさ。体質かな?

『実際の年齢との差?歳』

>教えてあげないよ。まあ、ブログを読み返していけば、推測できちゃうけれどさ。

『あなたは実際の年齢よりほんの少し大人びています。時々友達に頼られたりしませんか?まぁそうはいってもたいして同年代の人とかわりありません。ごく普通に育っているようです』

>昔は良く、頼られたけれど、ある意味、貧乏くじばかりだった。

『幼稚度44%』

>じゃあ、幼稚じゃない度56%?

『あなたは小学校中学年並みの幼稚さを持っています。がんばって一人でなんでもできるようになりましょう』

>何じゃそりゃ?

『大人度46%』

>じゃあ、大人じゃない度54%?

『あなたは結構大人っぽいです。そこそこの冷静さも持ち合わせているようです』

>さっき、小中学校並の幼稚さって言ってたじゃん。まあ、それなりに冷静さは持っているなって、最近、思うようになったけどさ。

『ご老人度36%』

>まだまだ若いのう。

『あなたからはかなりおじいちゃんっぽさが感じられます。そろそろゲートボールがしたくなったりしませんか?』

>は? 36%でおじいちゃんっぽさって一体……。ゲートボールは興味ないけどなあ。ルールも知らんし。

『あなたとお友達になれそうな人
          サザエさん』

>さいですか。さっきの鑑定では出川哲朗さんと優香さんもいた。サザエさんだけ不動かい。まあ、仲良くやりましょう。

『総合的な精神年齢を詳しく見てみると、幼稚度、大人度、ご老人度にわけることができます。例えば、幼稚度と大人度がともに高かったりすることがあります。これは、幼さも持ち合わせていてしかも大人っぽい一面もある人、ということになります。精神年齢は年寄りなのに幼稚度が高いということもあります。これは頑固でワガママなおじいちゃんに当てはまります。大人度は高ければ高いほどよく、逆にご老人度は低ければ低いほどよく、幼稚度は15%前後なのが、活発で頼りになる理想的な人です。
また、『お友達になれそうな人』とは、精神年齢や幼稚度などがあなたと似ている人です。
これを期に、自分を見直してみてはいかがでしょうか?』

>いや、これで十分です。お疲れ様。
ニックネーム 篩"Jim_a_e"獅師 at 22:09| Comment(0) | -さまざまな記憶帳-

2006年01月05日

-入ったことのある珍しい場所-

 小学校には社会科見学という、遠足もどきがありますね。楽しいようで、実はあんまり楽しくないのですけれど……。
 そうした社会科見学も含めて、これまでに色々な珍しい建物に入りました。
 以前の会社で働いていた頃。
「これから議員会館に行くぞ〜」
 上司にそう言われて、議員会館に行ったことがあります。国会議員の先生方が普段、国会以外で(ホントに)お仕事をしている(のか?)建物です。
 以前勤めていた会社が、たまたまその建物の電気系統の施工を行ないまして、メンテで呼ばれたことがあったのです。
 議員会館なんて入る機会がありませんから、ちょっとワクワクしていました。
 国会議事堂の近